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エアベンダーは近年まれに見る傑作童貞映画である

M・ナイト・シャマランの『エアベンダー』は彼のこれまでの作品同様、酷評の嵐に見舞われた。
しかも今回は原作ありのファンタジー世界が舞台ということで、シャマランのいつものどんでん返しを期待するファンからも反発されることとなった。
だがしかし、そうした人たちは得てして今作『エアベンダー』の真のテーマには気づいていない。

主人公の小坊主アンに注目してみよう。
彼についてまず目につくのは額の刺青である。
これはどう見ても矢印の刺青であり、その矢印が真下に指すものとは紛れもなく股間である。
つまりまず最初の段階で彼は性にまつわるドグマを抱えていることがわかる。

彼がなぜ修行を逃げ出したのかというと『まともな人の一生を送れなくなる』ということであった。
しかし、もうひとつ重要な証言がある。
『アバターになると家族も持てない』
生涯家庭を持つことはできない、また坊主である以上は女性との無闇な関係を持つことも出来ないことを考慮する。
ということはつまり、彼が修行を逃げ出した本当の理由とは『アバターになると家族も持てない』=『一生涯童貞のまんま』ということにあるのである。
土の国にて存在意義のいまいち不明な『アバター:キヨシ』像にも注目すべきだろう。
人々はアンに重大な発言をする。
『君の前(前)代、アバター:キヨシは遊び好きだったね。』
アバターは生まれ変わっても根本的な性質を等しくすることは気の国の寺院で証明済みである。
アンは前世において遊び好きだったからこそ、坊主として貞潔で在らねばならないことに不安を感じるのだ。
やはりアンは童貞のままでいるのが嫌で嫌で仕方がなく、それゆえ修行を抜け出してしまったのである。

アンのライバルとなる火の国のズーコ王子もまた重大な台詞を残している。
『アバターを連れて国に帰る。恋などその後です。』
彼は先の戦争で友人を庇い、王に追放された。
アバターを連れて帰らねば二度と王国に戻ることは許されない。
名誉を回復しない限り彼は一人の人間として生きていけないのだ。
なぜなら、彼もまた童貞なのだから。

童貞映画であると理解すれば、後半の勇み足な展開も多少の理解が増えるだろう。
アンと共に旅をするサカは水の国の王女と急激な恋愛関係に発展するも王女はすぐに死んでしまう。
多くの観客はこの展開に戸惑い、原作ファンは本来長丁場のエピソードを削られ怒り心頭だ。
だがこれは童貞映画だから当たり前のことなのである。
世界が危機に瀕する時にいいようにラブストーリーを展開する輩なぞ糞喰らえというシャマランなりの皮肉めいたメッセージなのだと推測できるだろう。

それよりもアンを見習うべきである。
自らの煩悩によって世界は100年もの間戦争が続き、お師匠さんも殺されてしまった。
もう後悔したくないとばかりに奮起し生涯童貞を受け入れるアンの姿には感動せざるを得ない。
クライマックスでの海水の湧きあがりにも注目(水とは生命の象徴であることも考慮したい)。
自らの性欲の澱でもあった湧きあがる大海のような『怒り』、それを『悲しみ』によって鎮めることで性欲とともに世界を調停するのだ。
額の矢印は輝き、怒りと悲しみが同居する。
その後の彼の姿はあまりにも美しい。
生涯童貞を貫くことを決意したアンはこれから待ち受けるであろう苦難への不安と覚悟が入り混じった表情で我々の前に立つのだ。

『エアベンダー』は単純にCGやストーリーにだけ注目して見れば近年のファンタジー映画と相違ないものと受け取られるかもしれない。
しかし『エアベンダー』はその背景にある『童貞を受け入れる』という悲壮な運命を直視することで、美しく、しかも力強い物語として我々を感動させるのではないだろうか。
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